悔しかった。羨ましかった。諦めたくなかった。

中卒の底辺野郎が起業するストーリー⑸ 17歳単身でタイへ。スキューバダイビングのインストラクターへの道のり

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中卒が社長になるまでのストーリー⑸ 17歳単身でタイへ。スキューバダイビングのインストラクターへの道のり
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二階堂です。

中学2の時、教師とのトラブルを境に
人に迷惑ばかりをかける問題児となった。

16歳の夏、
僕は傷害で警察署に連れて行かれた。

これがきっかけで
痺れを切らせた親から出た言葉は
耳を疑うものだった

中卒の底辺野郎が起業するストーリー⑷ 「お前、日本から出ろ。このままじゃロクな大人にならない。」

「このまま日本にいても
ろくな大人にはならない。海外に行け。」だ。

高校をやめて海外へ行け。だ。

海外の学校に行くわけでもない。

海外で仕事をしろ。というのだ。

学歴を取れ。
どこの家庭でも一般的に言われていることだが

高校やめて海外で働け。しかもその働く先ってのが

スキューバダイビングショップ。

思い返すと
うちの親相当変わってんな・・・笑

そして僕は・・・

17歳の少年。初めての一人海外  in タイ カオラック

2月。

17歳になってすぐ、僕はプーケット国際空港にいた。

もちろん一人で海外にきたことなんてない。

土地勘も全くない。
言葉も通じない。

聞きなれない言葉がそこら中に飛び交い
そこら中見たことのない暗号のような文字。

独特の匂い。

異国にいると実感する

ついにきちゃったんだな・・

なんだか地に足がついておらず、
夢を見ている気分だった。

数時間前まで日本にいて
寒くて厚着をしていたのに、
こっちは35度を超えていた。

ただ日本の暑さとは違くて
ジトッとした感じがない。

 

俺はこれからどうなって行くんだろ・・

迷ったら一生帰れなくなる!?

言葉も通じないし・・

強がっているくせに内心はビビりまくっていた。

そんなことより早く目的地まで行かないと・・

どこをどう行けばいいんだ??

・・

「サ、サワディカップ!」

タイ語ハンドブック片手に
ぎこちないタイ語と英語を混ぜて
タイ人空港職員に道を訪ねた。

これからお世話になる
ダイビングショップの人が
空港まで迎えにきてくれていることになっていたので
場所を聞きいてまわった。

「あっちって指差してたけど本当にこっちであってんのかなぁ。」

あたりを見渡すと

?「おぉ!こっちこっち!」

俺「あ、シンジさんですか。どもです」

シンジさん「よろしくな!」

彼はタイでダイビングショップを経営する
「シンジ」さんだ

当時38歳。

色黒で目がクリッと大きく、
細身でスタイルの良い
おじさんというよりお兄さんだ。

これからお世話になるダイビングショップは
プーケットから車で約2時間ほど行った

カオラックという所に
ダイビングショップを構えていた。

当時、
街には全然店もなくド田舎だったが
2020年現在はかなり栄えているらしい。

それはそうと人見知りの僕は
車の中で2人というシチュエーションがなんとなく気まずかった。

色々と話をかけてくれていたけど、
なんて返していたか全く覚えていない。

なんとか2人きりのドライブが終わり
これからお世話になるダイビングショップ

『DIVE@』到着。

「これからここで働くのかぁ・・」

 

※『DIVE@』は仮名です

PADI オープンウォーターライセンス取得 【実は海が怖かった】

DIVE@に着くと
日焼けをしたサファーみたいな風貌のスタッフたちがたくさん居た。

 

うっ!・・なんかきまじぃ・・・

 

シンジさんがみんなの前で僕を紹介。

無愛想な僕は

「・・ど、ども・・よろしく・・お願いします」

ちょっとふてくされたような感じで挨拶をした。

翌日。

そもそも僕はダイビングなんてやったことがなかった。

というか、実は泳ぎが得意ではなかった。

プールで泳ぐことはまぁ普通にできるのだが
海で、しかも足がつかない場所まで行くのが怖かった。

幼い頃から家族で海やプールに行った時、
必ず父親が潜って僕の足を引っ張り
水中に引きずりこむといういたずらをされ、
おそらくそれが原因で
足元が見えなかったり、足がつかない深いところに行くと
心臓がバクバクして若干パニック気味になってしまうのだ

昔、人喰いサメの映画『ジョーズ』ってのがあった。

水中に引きずりこむってのもこれの真似だ。

「ジョーズ」を親父に無理やり見させられ、
その度に脅かされて泣きながら映画を見ているという謎の光景 笑

とにかく怖がらせることが好きな親父だった。

海が怖くなったのも多分これが相当でかいと思う 笑

まぁ17歳になった当時は幼い頃ほどの恐怖はなくなっていたが
それでも不安があった。

正直ダイビングをやるには不安が大きかった。

だって水中にずっと潜っているわけですからね

水中で遭難したらどーしよ・・

サメ出たらどーしよ・・・

とか考えなかったかというと嘘になります 笑

まぁでももうやるしかないので、
僕は早速ライセンス取得に入った。

まずはダイビングをするために必ず必要なライセンス
オープンウォーターダイバーを取る必要がある。

流れとして

オープンウォーター(水深18mまでしか潜れない)

アドバンス(18m以上潜れる資格)

EFR、レスキュー(救急等のスキル)

ダイブマスター(半プロ)

という順番。

オープンは誰でも簡単に取ることができる。

・講習を数時間受けた後に筆記テスト

・その後プール、海洋実習

オープンは難なく取得できた。

まぁ筆記テスト3回くらいダメだった気がするが・・・笑
ちょっと昔すぎて記憶が曖昧だ笑

とりあえず海の中に潜る資格が得られた

3泊4日のクルーズ旅!

ライセンスを取得した後、
タイでの生活ほとんどが船の上でした。

DIVE@では
3泊4日間、船に泊まってひたすらダイビングを楽しむ
ダイビングクルーズというのが目玉でした。

クルーズは毎回満員になるほど。

このショップは2隻のクルーズ船を所有してて
1クルーズが終わったらその日の夜にもう1隻の船で
新たにクルーズに出てる。

翌日には昨日戻ったクルーズが出発する。

常に2隻の船がクルーズに出ている状態。

1隻人数が確か20人弱くらいのハコだったかな?

スタッフとして居た僕は
クルーズが終わったらその日のうちに
そのまま新たにクルーズに乗ったり、
翌日乗ったりほぼ船の上。
そんな生活をしていました。

最初は船酔いが半端なかったけど
2クルーズ目くらいからは慣れて
逆に揺れていない陸に着くと若干酔うようになっていた笑

ちなみにダイビングショップのスタッフは
全員日本人。

船のクルーやコック、船長はタイ人です。

ダイビングを楽しみにくるお客さんも9割以上は日本人でした。

よく「タイって海綺麗なの?汚いイメージしかない・・」
って言われることが多いんすけど、
めちゃくちゃ綺麗です。

ダイバーたちの間ではタイは人気スポット。

ただ日本人が海外でダイビングを楽しむのは少しハードルが高くなります。

なぜならスタッフが現地の外国人ばかり。

でもそれだとちょっとハードル高いっすよね?

DIVE@は全員が日本人スタッフなので
それだけでもかなりの強みになります。
お客さんも安心できますからね。

他にライバルが少ない市場だったので
日本人のお客さんを独占状態だったわけです。

もちろん、プーケットなどの観光地に行くと
日本人スタッフがいるショップもあるみたいだったけど
あまりサービスがよくなかったり、値段が高かったり
そこまで良い評判は聞きませんでした。

DIVE@は超アットホーム
でスタッフもお客さんも友達のように会話してて
客と従業員という関係性はまるでなかった。

水中でのマナーや知識や経験量もかなりの腕。(当時はよくわからんかったけど)
だったからすごく評判もよかったので
新規のお客さんももちろん多かったけど
毎クルーズ必ずと言っていいほどリピーターさんが来てくれていた。

DIVE@は元々沖縄かどっかのダイビングショップで働いていた人たちで
立ち上げたショップ。

DIVE@には3人のボスがいて
シンジさん以外に、ニシさん、リョウさんがいる。

最初はお客さんも全然来なくて
経営に超苦しんだらしくて大変だったらしい。

僕がDIVE@に来た時にはそんな面影全く見えなかったが。

ボスやスタッフたちが努力して築き上げてきた
努力を僕は踏みにじるかのように客にひどい態度を取っていた・・・

客にメンチ切るクソスタッフ

ライセンスを取得したとはいえ、オープンウォーターなので
水中での仕事はまだできません。

雑用をやったり、
ダイビング中は
アシスタントしてみんなの後ろを泳ぎ、サポートをしていました。

まぁ最初はサポートもクソもありません。

 

初めて海に潜った時の感動というか、無重力間が最高にやばかった。

あの不思議な感覚。

真っ青でカラフルな魚がたくさん泳いでいて。

宙を浮いているような感覚で

「俺、なんかすごいことしてるな・・」

 

クルーズのルーティンとしては

1日4本のダイビング。1本潜ったら数時間休憩。

その間はみんな自由に過ごしていて

デッキで日焼けしたりカードゲームしたり
昼寝したり、みんな個々に自由に過ごしていました。

僕はこの時間が一番苦痛だった。

僕は人見知りな上、人が好きじゃない。

だから雑用など、必要なことをやったら
みんなの目につかないところに行って
海を眺めながらぼーっとしていました。

当時の僕はまぁひどいものでした。

ろくに挨拶もしませんでした。

それどころか、客を睨みつけ、
ナメんなよ的な態度すらとっていたくらい(笑)

今思い出すと
本当に恥ずかし過ぎるのですが、
平気でそういったことをやっていました。

いつもふてくされていた。

 

でも、ここにくるお客さんたちは
みんな心が広いというか
こんな生意気なクソガキを気にかけて
話をかけてきてくれるんですよね・・・

今まで誰も僕に近寄ろうとはしないし、
ましてや大人たちなんてのは
自分よりも立場が下の人間に対して
見下す人が多い。そう思っていた。

学校でもそうだったし、アルバイトをしていた時もそう。

人を見下し、命令し、権力振りかざす。

それが大人だ。そう思っていたから。

でも自分自身もやっていることは同じだった。

舐められたら終わりだ

俺はお前より強えんだ

という無駄なアピールをしていた。

それって結局
僕が大嫌いな大人となんら変わらないことだったんですけどね笑

僕がふてくされて一人でいた時、
一人のお客さんが近づいてきて僕にこう言った

「二階堂くんが後ろでサポートしてくれてたおかげで
 安心してダイビング楽しめたよ。ありがとう。」

 

「え?あ・・いえ・・全然・・」

 

僕は戸惑った。

このクルーズがダイビングデビューなので
サポートも何もできていなかった。

僕は何もしていなかった。

だから感謝される意味がよくわからなかった。

・・でも悪い気はしない

いや、むしろ嬉しかった。

めちゃくちゃ恥ずかしくなって下を向き
それ以上話すことができなかった。

「今みんなで美味しいもの食べてるから
一緒に行こう!」

「え・・あ・・はい」

何を話していいのか
どう振る舞ったらいいのか
どう思われるのか
歓迎されないんじゃないか
なんで呼んだんだよって空気にならないか・・

そんな不安が頭ん中をぐるぐるしながら
数人のグループのいるテーブルにきた。

 

「おー!ここ座りな!
 これ食え食え!美味いぞぉ〜!」

「・・すんません。いただきます・・・」

「すごい若そうだな!歳いくつなんだい?」

「えっと・・17歳です・・」

ええ!!?17歳なの!!?」

「うわー!すごい!!」

「そんな若いのか!タイに家族と住んでるのか!?」

「いえ・・一人でこの間きたばかりです・・」

「一人でか!?すごいなぁ!
 俺が17さいの頃はそんな勇気なかったよ!すごいなぁ!!」

「・・ども・・」

「二階堂くんが水中で後ろに付いてサポートしてくれるから
安心してダイビング楽しめるってみんな言ってたぞ!ありがとうな!」

 

・・なんでみんなこんなに俺に優しくしてくれんだ?

俺は何もしていないのに
なんでこんなに感謝をしてくれるんだろう。

よくわからない・・お世辞なのはわかっていた。

でも嬉しかった。

みんな僕を気にかけてくれて
僕を褒めてくれたり、なんだろう。

対等に、同じ目線で話してくれる。

そんな人たちばかりだった。

今まで関わってきた人たちとはまるで違かった。

なんでこんな俺を

気にかけてくれるんだろう・・

不思議でしかなかった。

今まで関わってきた大人たちはみんな冷めた白い目で俺のことを見てきた。

でもこの人たちは?

大人っていうより

子供みたいに目をくしゃくしゃにして

笑っている人たちばかりだ。

なんだかすげぇ居心地が良かった。

胸の上が熱くなり、
少し涙ぐみそうになった。

ふてくされた態度を取った自分が
だんだんと恥ずかしくなった。

なんかすごく申し訳ないことしたな・・・

僕はいつも他人に敵意を向けていた。

どうせバカにしてくる。上からものをいってくるって。

 

それなのにみんな僕を歓迎してくれてて。

少しずつ僕の中で何かが変わっていった。

 

タイで出会った人みんなに感謝しています。

僕は徐々に人と打ち解けられるようになっていった。

最初はすごく緊張したけど、
個々に固まっているお客さんグループのところへ
一人で自ら挨拶に回るようになった。

 

クルーズ中、毎回とある島に上陸して
岩山に登るのだが、僕一人で頂上までツアーする役割を担い、
お客との距離が縮まり、
普通に振る舞えるようになっていった。

みんなでカードゲームをやったり

夜には一緒に酒を飲んだり。

僕の中にあったプライドが少しずつなくなり
人への気遣いができるようになっていた。

少し気分が悪そうな人がいたら薬を持ってきたり。

当たり前のことだけど
当時の俺からしたらかなりの進歩だ。

お客さんやスタッフの様子を見ながら
自分は今どう立ち回ると相手が楽になるだろうか?
助けになるだろうか?
何か必要なものはあるだろうか?

周りを観察をしながら先回りして動くようになっていくようになった。

挨拶もろくにできず、
敵意むき出しでメンチをきっていたガキが
我ながらかなりの進歩をしたと思う。

クルーズ初日はいつも出発が夜で
クルーズ船のデッキで夕食を食べる。

船は14~18人ほどが泊まれるサイズ。

3~4人組くらいの4、5グループが

同じクルーズ船に乗る。

僕は飲み物を持ってそれぞれのテーブルに

挨拶をして周り
コミュニケーションをとり、より楽しいクルーズにしたいと。

17歳の僕が
10歳も20歳も年上のグループに突然紛れ込んで
20分後には肩を組んで酒を飲んで笑い合っていた。

ここでの生活が
僕にとって1つのターニングポイントになった。

自分が今まで守ってきたプライドとか
マジですげぇ小さく感じて。

 

今まで日本にいて
こんな楽しいと思ったことがなかった。

ずっとイライラしてたから。

オフの日は
レンタルでアメリカンバイクを借りて
一人タイの街を走り回ったり、
夜は近くのバーに行くと
いろんな外国人が集まっていて
そこに混じって一緒に飲んでいました。

英語もタイ語も全くわからないけど
ノリで会話というかジェスチャーしてました

タイには欧米人がたくさん住んでいて
イタリア人やらアメリカ人やら
金髪系も多かったですね

バーに行くと金髪美女とかも超居て
何喋ってるかよくわからないけど一緒に飲んだり。

毎日がすげぇ充実してて
初めて人生を楽しんでいる感じがしました。

いつも誰かを憎んで憎まれて
怒りに支配されて
ナメられないように虚勢を張って。

タイに来て自分って人間の小ささを思い知った。

そして
お世話になった人たちの人間力のデカさ。

俺もこんな大人になりたい

18歳になった僕は
DIVE MASTERの資格を取得。

少しだけ大人になって日本に帰国した。

 

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